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矢橋 賢吉(やはし けんきち 1869年9月20日 - 1927年5月24日)
日本の建築家、官僚。美濃国(岐阜県)不破郡赤坂村(現大垣市)出身。大垣中学(現岐阜県立大垣北高等学校)、第一高等中学校を経て東京帝国大学工科大学造家学科へ入学する。在学中に辰野金吾らの薫陶を受ける。卒業後、長崎税関監視部庁舎新築の設計監督を依嘱される。以降、建築家、営繕官僚として、明治、大正期の近代建築に携わる。妻木頼黄の片腕といわれた。
       
金融機関
北海道拓殖銀行 小樽支店
ホテルヴィブラントオタル
北海道小樽市色内1-3-1
設計:矢橋賢吉/小林正紹/山本万太郎
竣工年:1923年(大正12年)
地方行政
石川県庁舎
石川県金沢市広坂2-1-1
設計:矢橋賢吉/笠原敏郎
竣工年:1924年(大正13年)
       
公共施設

郡山公会堂
福島県郡山市麓山1-8
設計:矢橋賢吉/荻原貞雄
竣工年:1924大正13年